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最高裁判所第一小法廷 昭和43年(オ)258号 判決

上告人 中村卯助 外一名

被上告人 愛知交通(株)

主文

被上告人の本訴請求中、上告人中村卯助につき八六万二二六六円およびこれに対する昭和三九年八月一五日よりその支払ずみに至るまで年五分の割合による金員、上告人藤本玉江につき三八万〇一一〇円およびこれに対する右同日よりその支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の範囲を超えて支払を求める部分につき、原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

前項の部分に関する被上告人の請求を棄却する。

その余の部分に関する上告人らの上告を棄却する。

訴訟の総費用は、これを一〇分して、その七を上告人らの負担とし、その余を被上告人の負担とする。

理由

上告代理人橋本福松、同朽名幸雄の上告理由第一点ないし第三点について

原判決(その訂正・引用する一審判決を含む。以下同じ)挙示の証拠によれば、所論の点に関する原判決の認定判断は相当で、その過程にも所論の違法は認められない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する事実の認定、証拠の取捨判断を非難するに帰し、とうてい採用し難い。

同第四点および第五点について

一、原判決の確定するところによれば、上告人らは、もと被上告会社の役員であつたが、上告人らの在任中における被上告会社の所得の調査に際し、昭和三九年三月一〇日(原判決に二月一〇日とあるのは、三月一〇日の誤記と認める)、所轄の中川税務署長は、本件係争の簿外定期預金の払出しを上告人中村、同売却損を上告人藤本に対する役員賞与と認定し、徴収義務者たる被上告会社に対し、旧所得税法(昭和二二年法律第二七号)四三条一項に基づいて、上告人らに対する源泉徴収による所得税の本税ならびに不納付加算税(旧源泉徴収加算税)および旧利子税の支払方を請求したので、被上告会社は、同年四月九日これを国に納付したところ、同税務署長は、さらに同年八月一四日被上告会社に対し、右に加えて新利子税の支払方を請求したので、被上告会社は同日これを国に納付したが、上告人らが以上の事実を知つたのは翌四〇年三月八日頃であつて、それ以前に被上告会社はこれを上告人らに知らせることはしなかつた、というのである。

二、本訴は、被上告会社が旧所得税法四三条二項により上告人らに対し右所得税等に相当する金額の支払を求めるというものであるが、上告人らが、被上告会社の右請求原因に対する抗弁として、(一)もし被上告会社が右認定賞与の「課税決定」を受けたのち上告人らにその旨の連絡をしておれば、上告人らは、本件簿外定期預金の払出しおよび売却物件の譲渡について源泉徴収による納税義務(以下たんに「源泉納税義務」という)を負ういわれがなく、かつ、その旨を詳細に説明しうる立場にあつたので、被上告会社の税務当局に対する不服申立てにつき協力し、税務当局をして右不服申立てを認容させることができたものであるのに、被上告会社は、上告人らになんらの通知連絡をすることなく、不充分な理由によつて不服申立てをし、それが容れられなかつたところ、漫然出訴期間を徒過して「課税決定」を確定させ、これにより源泉徴収による所得税等を納付するに至つたものであるから、被上告会社はみずからの重大な過失により右所得税等を納付したものというべく、したがつて右納付にかかる税額に相当する金額の支払を上告人らに請求することは許されない、(二)かりに然らずとしても、被上告会社が前記「課税決定」につき上告人らに対してなんら通知をすることなく、上告人らをして右「課税決定」に対する異議申立ておよび訴訟提起の機会を失わしめたことは、信義誠実の原則に反し、かつ、権利の濫用であるから、被上告会社の本訴請求は許されない、(三)かりに然らずとしても、被上告会社が、右のように、上告人らをして異議申立ておよび訴訟提起の機会を失わしめたことは、被上告会社の重大な過失に起因するところ、上告人らは被上告会社の右不法行為により憲法三二条に規定する裁判を受ける権利を奪われた結果となり、被上告会社が本訴において上告人らに請求する金額と同額の損害を被つたことになるので、上告人らは右損害賠償債権をもつて被上告会社の本訴請求債権と対当額において相殺したから、被上告会社の請求は失当である、と主張したのに対し、原判決は、上告人らにおいて源泉納税義務を負わなかつた旨の主張は採用しえないとして、抗弁(一)を排斥し、また、上告人らは、右認定賞与に対する「所得税の決定」を知つた時から、これに対する異議申立て、行政訴訟をなしえたものであるとして、抗弁(二)(三)を排斥したことが、その判文上明らかである。

三、論旨は、前記抗弁(二)(三)を排斥した原判決の判断を非難するのであるが、本件においては、論旨の検討に先だつて、源泉徴収の法律関係を考察する必要がある。

1  源泉徴収の対象となるべき所得の支払がなされるときは、支払者は、法令の定めるところに従つて所得税を徴収して国に納付する義務(以下たんに「納税義務」というときは、これを指す)を負うのであるが、この納税義務は右の所得の支払の時に成立し、その成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定するものとされている(国税通則法一五条。以下たんに「法何条」というときは、同法の各条を指す)。すなわち、源泉徴収による所得税については、申告納税方式による場合の納税者の税額の申告やこれを補正するための税務署長等の処分(更正、決定)、賦課課税方式による場合の税務署長等の処分(賦課決定)なくして、その税額が法令の定めるところに従つて当然に、いわば自働的に確定するものとされるのである。そして、右にいわゆる確定とは、もとより行政上または司法上争うことを許さない趣旨ではないが、支払われた所得の額と法令の定める税率等から、支払者の徴収すべき税額が法律上当然に決定されることをいうのであつて、たとえば、申告納税方式において、税額が納税者の申告により確定し、あるいは税務署長の処分により確定するのと、趣きを異にするのである。そして、以上は、法一五条の規定をまつまでもなく、源泉徴収制度の当然の前提として、法の予定するところというべきである。

2  したがつて支払者は、右の自働的に確定した税額を、法令に基づいてみずから算出し(ただし、計算の前提となるべき諸控除の申告は受給者による)、これを支払額より徴収して国に納付すべきこととなるのであるが、それが法定の納期限までに納付されないときは、税務署長は支払者に対し、当該所得の支払と同時に確定した税額を示して納税の告知(法三六条)をし、さらに督促を経て、滞納処分をなすべきものとされる。

この場合、納税義務の存否またはその範囲いかんにつき、支払者と税務署長との間に意見の対立があるときは、支払者はいかなる手続によりこれを争うべきかの問題を生ずる。

3  税務署長が、支払者の納付額を過少とし、またはその不納付を非とする意見を有するときに、これが納税者たる支払者に通知されるのは、前記の納税の告知によるのであり、この点において、納税の告知は、あたかも申告納税方式による場合の更正または決定に類似するかの観を呈するのであるが、源泉徴収による所得税の税額は、前述のとおり、いわば自働的に確定するのであつて、右の納税の告知により確定されるものではない。すなわち、この納税の告知は、更正または決定のごとき課税処分たる性質を有しないものというべきである。

もし、これに反して、右の納税の告知がそれ自体として税額を確定させる行為(課税処分)であるとすると、取消判決等によりその効力が否定されないかぎり、支払者において、納税の告知により確定された税額を徴収して国に納付すべき義務の存することを争いえず、また従つて受給者において、旧所得税法四三条(新法二二二条)に基づく支払者の請求等を拒みえないこととなるのである(支払者において徴収義務を負担するとは、すなわち、受給者において源泉納税義務を負うことにほかならず、両者は表裏をなす関係にあり、したがつて、もし納税の告知が課税処分であるとすれば、そこにおいて確定された税額およびその前提となる徴収義務の存在は、右処分が取り消されないかぎり、支払者はもとより受給者においても、これを否定しえないこととなるのである)が、現行法上、かかる見地は許容されえない。けだし、源泉徴収による所得税の税額が納税の告知によつて確定されるとするのは、所得の支払の時に所得税を徴収すべものとする制度の本旨に反するのみならず、もし納税の告知によつて、支払者の納税義務とともに、受給者の源泉納税義務の範囲(およびその前提となる当該義務の成立)が確定されるものであるとすれば、納税の告知は支払者および受給者の双方に対してなされることを要すべきところ、法二条五号は支払者のみを納税者とし、したがつて、納税の告知は支払者に対してのみなされるのであつて、これが税法の建前とするところであるからである。すなわち、納税の告知は、納税者たる支払者に対してのみなされるにかかわらず、これにより支払者の納税義務の範囲(および成立)が公定力をもつて確定されるものとすれば、同時に、しかも受給者不知の間に、その源泉納税義務の範囲(および成立)が公定力をもつて確定されることとなるのであるが、かかる結果は、とうてい法の予定するところとは解しえないのである。

4  一般に、納税の告知は、法三六条所定の場合に(なお、資産再評価法七一条四項参照)、国税徴収手続の第一段階をなすものとして要求され、滞納処分の不可欠の前提となるものであり、また、その性質は、税額の確定した国税債権につき、納期限を指定して納税義納者等に履行を請求する行為、すなわち徴収処分であつて(ただし、賦課課税方式による場合において三二条一項一号に該当するときは、納税の告知が、同時に賦課決定の通知として、税額確定の効果をあわせもつ例外の場合にあたる)、それ自体独立して国税徴収権の消滅時効の中断事由となるもの(法七三一条)であるが、源泉徴収による所得税についての納税の告知は、前記により確定した税額がいくばくであるかについての税務署長の意見が初めて公にされるものであるから、支払者がこれと意見を異にするときは、当該税額による所得税の徴収を防止するため、異議申立てまたは審査請求(法七六条、七九条)のほか、抗告訴訟をもなしうるものと解すべきであり、この場合、支払者は、納税の告知の前提となる納税義務の存否または範囲を争つて、納税の告知の違法を主張することができるものと解される。けだし、右の納税の告知に先だつて、税額の確定(およびその前提となる納税義務の成立の確認)が、納税者の申告または税務署長の処分によつてなされるわけではなく、支払者が納税義務の存否または範囲を争ううえで、障害となるべきものは存しないからである。

5  以上のとおり、源泉徴収による所得税についての納税の告知は、課税処分ではなく徴収処分であつて、支払者の納税義務の存否・範囲は右処分の前提問題たるにすぎないから、支払者においてこれに対する不服申立てをせず、または不服申立てをしてそれが排斥されたとしても、受給者の源泉納税義務の存否・範囲にはいかなる影響も及ぼしうるものではない。したがつて、受給者は、源泉徴収による所得税を徴収され、または期限後に納付した支払者から、その税額に相当する金額の支払を請求されたときは、自己において源泉納税義務を負わないことまたはその義務の範囲を争つて、支払者の請求の全部または一部を拒むことができるものと解される(支払者が右の徴収または納付の時以後において受給者に支払うべき金額から右税額相当額を控除したときは、その全部または一部につき源泉納税義務のないことを主張する受給者は、支払者において法律上許容されえない控除をなし、その残額のみを支払つたのは債務の一部不履行であるとして、当該控除額に相当する債務の履行を請求することができる)。

支払者は、一方、納税の告知に対する抗告訴訟において、その前提問題たる納税義務の存否または範囲を争つて敗訴し、他方、受給者に対する税額相当額の支払請求訴訟(または受給者より支払者に対する控除額の支払請求訴訟)において敗訴することがありうるが、それは、納税の告知が課税処分ではなく、これに対する抗告訴訟が支払者の納税義務また従つて受給者の源泉納税義務の存否・範囲を訴訟上確定させうるものでない故であつて、支払者は、かかる不利益を避けるため、右の抗告訴訟にあわせて、またはこれと別個に、納税の告知を受けた納税義務の全部または一部の不存在の確認の訴えを提起し、受給者に訴訟告知をして、自己の納税義務(受給者の源泉納税義務)の存否・範囲の確認について、受給者とその責任を分かつことができる。

四、本件において原判決の確定した事実関係中、中川税務署長が被上告会社に対し、昭和三九年三月一〇日、本件簿外定期預金の払出しおよび売却損を上告人らに対する役員賞与と認定して、源泉徴収による所得税の本税ならびに不納付加算税(旧源泉徴収加算税)および旧利子の支払方を請求し、また、同年八月一四日新利子税の支払方を請求したというのは、以下、本税の関係のみについていえば(その余の関係については後述)、所轄税務署長が被上告会社に対し、本件簿外定期預金の払出しおよび売却損につき上告人らより徴収して納付すべき所得税の納付がないとして、これを被上告会社より徴収するため、納税の告知(法三六条)をしたことをいうのであり、原判決がこれを指して「課税決定」といい、また「所得税の決定」というのは、納税の告知の法律的性質を誤解したものといわなければならない。

しかしながら、支払者たる被上告会社が納税の告知(徴収処分)に対して、行政上の不服申立てを適切に行なわず、また、抗告訴訟を提起しなかつたとしても、それが受給者たる上告人らの源泉納税義務の存否および範囲いかんにつき、なんら影響を及ぼすものでないことは、前記に説示するところによつて明らかであつて、上告人らは、被上告会社に対する納税の告知の行政処分としての確定と無関係に、上告人らの源泉納税義務(また従つて被上告会社の納税義務)の不存在を主張して、被上告会社の本訴請求を争うことができるのである。現に、上告人らは原審において、源泉納税義務の不存在を主張して排斥されたものであり、被上告会社が納税の告知を受けながら、これを上告人らに知らせることのないまま行政処分として確定させたとしても、なんら上告人らの権利・利益を侵害したものということはできないのである。

したがつて、上告人ら主張の抗弁(二)(三)は主張自体失当というべきであつて、これを排斥した原判決の判断は、その結論において正当たるに帰し、論旨第四点および第五点は、ともに、その立論の前提に誤りがあつて採用しえないものというべきである。

本件上告理由がいずれも採用し難いものであることは、以上説示のとおりであるが、源泉徴収による所得税の納税者は、支払者であつて受給者ではないから、法定の納期限にこれを国に納付する義務を負い、それを怠つた場合に生ずる附帯税を負担すべき者は、納税者(徴収義務者)たる支払者自身であつて、右の附帯税相当額を旧所得法四三条二項(新法二二二条)に基づいて受給者に請求しうべきいわれはない。すなわち、被上告会社の本訴請求中、上告人中村卯助につき八六万二二六六円、上告人藤本玉枝につき三八万〇一一〇円の、いずれも源泉徴収による所得税の本税相当額の支払を求める部分は正当であるが、不納付加算税(旧源泉徴収加算税)および新旧利子税相当額の支払を求める部分は失当たるを免れない。また、被上告会社が上告人らに対して請求しうる所得税の本税相当額に対する遅延損害金は、原判示のような商事法定利率によるべきではなく、一般の原則に従い、年五分の民事法定によるものと解すべきである。

よつて、一、二審判決中、上告人らにつき前記の源泉徴収による所得税の各本税相当額およびこれに対する民事法定利率の範囲を超えて、被上告会社の本訴請求を認容した部分は、もとより違法として破棄または取消しを免れず、右部分に関する被上告会社の請求は棄却すべきであり、また、その余の部分に関する上告人の上告が理由がないので、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条二項、九六条、九二条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官松田二郎は退官につき評議に関与しない。

(裁判官 岩田誠 入江俊郎 長部謹吾 大隅健一郎)

上告理由

第一点 原判決は事実認定に関し影響を及ぼすこと明かなる法令に違反している。

民事訴訟法第一八五条によれば「裁判所は判決を為すに当りその為したる口頭弁論の全趣旨及び証拠調の結果を斟酌し自由なる心証に依り事実上の主張を真実と認むべきか否を判断す」と定められ、自由心証の基本原則を定めている。従つて裁判所は当事者の主張事実の何れの方を真実と認むべきかについては証拠調の結果のみに依るべきものでなく、弁論の全趣旨を採つて資料としなければならないことは極めて明白である。

第一、二審を通じて上告人中村、被上告人双方の全趣旨を検討するに先づ原判決(第二審)事実摘示によれば「当事者双方の事実上の陳述証拠の提出援用及び書証の認否は控訴人ら代理人において当審証人親宏こと仙田允宏、同中山登美子の各尋問を求め被控訴代理人において乙第四号証の成立は知らないと答えたほかは原判決摘示事実と同一であるからここにこれを引用する」としており

第一審判決事実摘示によれば

(一) 「被告ら訴訟代理人は抗弁として本件簿外定期預金及び売却損に関しては半田税務署において被告中村の一時所得であると認定し昭和三八年五月二〇日被告中村に対しその旨の通知をした同被告は右認定に対し同年六月二八日同税務署に対し異議申立をしたところ同税務署において昭和三九年四月一日被告中村の異議申立を容れ右認定処分を全部取消した。

(1) 本件簿外定期預金は原告の負債弁済に充てたもので、被告中村の所得に帰したものでなかつた。

(イ) 即ち昭和二五年当時旅客自動車運送は法人のみに認許され個人には許されなかつた。その頃訴外中山信之は旅客自動車運送業の経営を望んでいたが、右のような事情であつたため当時の原告代表者であつた中村に対し原告の大須営業所(自動車一〇台)の営業権利の貸与方を懇願した。被告中村は訴外中山の右懇願を容れ同人に右営業所の実質的経営を許したが、その際同訴外人をして原告に対し自動車一台につさ相当の保証金を差入れることを約させた。右約束により右訴外人から原告に対し保証金(認可車輛の権利金が昂騰する都度保証金を増額)が差入れられたが、原告の帳簿上預り保証金として計上することは陸運局の監査の際運送法違反として摘発される虞があつたので原告はやむを得ず右保証金を簿外負債として定期預金も簿外資金として処理し、預金利息はそのまま預り金利息として積立てられていたのである。それが本件簿外定期額金である。

(ロ) しかし昭和三四年に至り名儀貸問題に対する陸運局の監査が厳しくなつたため同年一二月訴外中山が被告中村に対し前記営業所の経営権の返還を申出でたので同被告は右申出により訴外中山よりの預り保証金二七六万円を返還することになり本件簿外定期預金及びその利息をもつて右預り保証金の返還に充てたのである。

(2) 次に原告から被告藤本に対する売却物件の譲渡は右譲渡の行なわれた昭和三五年六月二五日当時における適正価格によつてなされているものであり低廉譲渡ではない。即ち右譲渡当時の売却物件のうち建物は昭和三四年九月二六日の伊勢湾台風による破損が甚だしくその価値は非常に低下しており、又売却物件のうち地下油槽は殆んど無価値に等しかつたものである。

(3) そこで被告中村は前記異議申立においてその理由として右(1)及び(2)の事実を主張し、半田税務署は右主張を容れた結果、前記のように被告中村に対する一時所得認定処分を全部取消したのである。

従つて、右取消により被告らは本件簿外定期預金及び売却物件の譲渡については何らの納税義務のないことが確定されたのである。

と主張しているのに対し

(二) 第一審判決摘示によれば

原告訴訟代理人は右被告等の抗弁に対し被告の主張事実のうち半田税務署が本件簿外定期預金及び本件売却損につさ被告中村の一時所得と認定し被告ら主張の頃、被告中村に対しその旨の通知をしたこと、同被告が被告の主張の頃右認定に対し異議申立をなしたところ半田税務署において昭和三九年四月一日右認定処分を全部取消したことを認めるがその余の事実を否認する。右取消によつて確定されたのは本件簿外定期預金及び売却損が被告中村の昭和三六年度の一時所得に該らないというとこだけであつて、被告らが主張するように本件簿外定期預金及び売却損につき被告において何らの納税義務を負わないことまで右取消により確定されたものでない。

と主張されているのである。

(三) 而して第二審の判決理由によれば

(1) 第一審判決理由中

本件簿外定期預金は控訴人中村において訴外中山信之からタクシー営業の名儀貸しの保証金として預り、預金としたものであつて右両者間の関係終了とともに右訴外人に返還したため同控訴人の所得に帰したものではなかつた。

との同控訴人の主張に対する判断部分(原判定一二枚目表二行目下より八字目から同枚目の一〇行目下より四字目まで)を左記のとおり訂正するほか原判決理由と同一であるからここにこれを引用する

としている。

(2) すなわち当審証人仙田允宏、同中山登美子の各証言と乙第四号証を綜合すれば昭和二七年六月頃旅客自動車運送を経営していた被控訴人の当時の代表者であつた控訴人中村が訴外中山信之に対し被控訴人の大須営業所の営業権利を貸与し爾来同訴外人において同営業所の実質的経営をしていたこと、その際右営業権貸借に関して右訴外人から控訴人中村に対しいくばくかの金が差入れられ、昭和三三年一一月頃右貸借関係終了のときには同控訴人が右訴外人に支払うべき金額二七一万余円に達しており同年末から翌昭和三四年四月頃にかけてこれが同控訴人から右訴外人に支払われたことは一応窺うことができないではないけれどもさらに進んで控訴人中村において訴外中山から受領し同訴外人に返還した前示金員が本件簿外定期預金に該当するとの点を証する証拠は原審における控訴本人尋問の結果をおいてはなくと認定しておるのである。

(3) 従つて原審は当然被控訴人の主張を排斥しなければならないのに拘わらず、前記弁論の全趣旨を何等考慮に容れることなく単に右簿外預金を控訴人中村より訴外中山に支払われた時期が証人仙田允宏や同中山登美子の証言に多少の相違があるとしてもそれは右金員を返済した時より今日まで数年を経過しているのであるから正確な日時を忘却することは社会通念上何人も経験するところなるを以て控訴人に敗訴を言渡したるは正に民事訴訟法第一八五条に違反し又大審院判例にも反する結果となり破毀せらるべきものと信ずる。

(判例 大審院昭和九年(オ)第八号昭和九、五、二五民二判決要旨裁判所は当事者の孰れの主張事実を真実と認むべきやは証拠調の結果のみに依るべきものに非ずして弁論の全趣旨をも斟酌すべきものなるを以て云々)

第二点 原判決は条理並びに社会通念を無視し採証の方則に違反した違法がある。

(一) 前記(三)の(2)の項において述べたる如く

(1) 原判決は事実認定として当審証人仙田允宏及び同中山登美子の各証言と乙第四号証を綜合して

昭和二七年六月頃旅客自動車運送業を経営していた被控訴人の当時の代表者であつた控訴人中村が訴外中山信之に対し被控訴人の大須営業所の営業権利を貸与し爾来同訴外人において同営業所の実質的経営をしていたこと、その際右営業権貸借に関して右訴外人から控訴人中村に対しいくばくかの金を差入れられ、昭和三三年一一月頃右貸借関係終了のときには同控訴人が右訴外人に支払うべき金額が二七一万余円に達しており同年末から翌昭和三四年四月頃にかけてこれが同控訴人から右訴外人に支払われたことを一応窺うことができないではないけれどもさらに進んで控訴人中村において訴外中山から受領し同訴外人に返還した前示金員が本件簿外定期預金に該当するとの点を証する証拠は原審における控訴人中村の本人尋問の結果をおいてはなく

と認定しておりながら

(2) 他方において原審は

この点に関する同本人尋問の結果は前掲証拠により認められる前記差入れられた金が名儀貸しの始まつた昭和二七年頃から昭和三三年頃までの間増減し浮動していた事実、同控訴人から右訴外人に金員の支払われた時期が当事者に争のない本件簿外預金解約の日である昭和三五年五月七日、同月一六日との間に一年ないし一年半の時間的間隔がある事実等に徴し遽かにこれに信をおき難く、控訴人の前記主張事実を認定せしめるに足る心証をひくに至らない。

として控訴人の主張を排斥しているのであるが右は採証の方則に反した違法を免れない。

(3) およそ証拠の証明力は裁判官の自由なる心証に委ねられるというもののそれは裁判官の独善的な主観的な勝手な心証を許すものではない。証拠の認定は条理に合致し社会通念に副うものでなければならない。

(二) この点に付検討するに

(1)(イ) 第一審における中村卯助本人尋問の結果によれば

昭和二五年当時旅客自動車運送の免許は法人のみで個人免許されていなかつたためその頃原告会社の代表者であつた被告中村は訴外中山信之の依頼により同人に大須営業所の営業権を貸与し、その営業権貸借に関して右訴外人から保証金として原告会社に差入れた金については原告会社の帳簿に預り保証金として計上することは陸運局の帳簿監査の際運送法違反として摘発を受けるのみならず免許をも取消される虞ある故已むを得ず右預り保証金を簿外負債として帳簿(乙第四号証)に記載した後、本件簿外定期預金として預金利息と共に積立ておりたるも昭和三四年頃名儀貸問題が頻発し、陸運局の監査が特に厳重となりたるため同年一二月頃右名儀貸契約を解約し右訴外人に対する預り金債務を支払いたること

が認められるのみならず

(ロ) 前記第二審における証人仙田允宏及び証人中山登美子の各証言に中山登美子の各証言によれば

前記名儀貸契約が解約されたる後、訴外中山信之より被控訴会社に保証金として差入れたる金員にては、控訴人中村から右仙田允宏を通じて右中山信之の妻中山登美子に二三回に亘り全部支払いたること

が認められる。

(ハ) 又右証人仙田允宏の証言によりその成立が認め得る乙第四号証によつても右中山信之に対する被控訴会社の前記簿外債務が返済されていることが明白である。

(2) 右(1)の(イ)(ロ)(ハ)を綜合すれば訴外中山信之に対し前記大須営業所の営業権の名儀貸を為したのは被控訴会社自身であつて控訴人中村個人ではない。従つて被控訴会社が右訴外人中山より右名儀貸契約の為にその保証金として預りたる金員は営業権貸借契約が解約せられた場合には当然被控訴会社から同訴外人に対し返済すべき筋合のものであるから、右名儀貸契約を解約したる後被控訴会社が預かつていた保証金を簿外定期預金としていたものを引出して右訴外人に対し返済したるに過ぎないのであつて、控訴人中村個人としては何等利得を為したものではないことが認められる次第である。

(3) 然るに原審は前述の如く

控訴人中村から訴外中山信之に金員の支払われた時期が当事者間に争のない本件簿外預金解約の日との間に一年ないし一年半の時間的間隔ある事実に徴し遽かにこれに信をおき難く控訴人の前記主張事実を認定するに足る心証をひくに至らない。

として簡単に排斥しているのであるがこの点については前記(三)の(2)の項において述べたる如く右簿外預金を控訴人中村より仙田允宏を通じて中山登美子に支払いたる時より既に数年を経過しているのであるから正確なる日時を忘却することは社会通念上何人も経験するところなるを以て右認定は条理並びに社会通念を無視し採証の方則を違背したものと云ふべきである。

(4) なお乙第四号証を精査すれば被控訴会社が訴外中山信之に営業権利の名儀貸を為しおりたる当時の最終的な精算がなされたことが明確に記載されているのであるから控訴人中村の主張を確認するに唯一にしてしかも重要なる文書といわなければならない。而して証拠法上には文書証拠による口頭証拠排除の原則及び口頭証拠による文書証拠修正解釈拒否の原則があり、大審院判例も亦或文書が作成されて居る場合にはその記載自体を基礎として実験則上有する意義に従つて解釈すべく特別の事情のない限りこれに反する解釈は許されないとしているのである。

(判例 大審院昭和四年(オ)第一〇九五号民判決要旨 書証の判断を為すにはその記載自体を基礎とすべく若し特段の理由を掲ぐることなくその記載自体に反する判断を為したるときは採証の原則に戻り訴訟手続に違法あるものとす)

第三点 原審は審理不尽及び理由不備の違法がある。

(一) 控訴人藤本の訴訟代理人は本件売却損の点に付第一、二審を通じて右売却物件の譲渡は右譲渡の行なわれた昭和三五年六月二五日に当時における適正価格によつてなされているものであり、低廉譲渡ではない。即ち右譲渡当時の売却物件のうち建物は昭和三四年九月二六日の伊勢湾台風による破損が甚だしくその価値は非常に低下しており又売却物件のうち地下油槽は殆んど無価値に等しかつたものであることを主張し之が立証として現存する右売却物件の検証並びに価額の鑑定と右藤本本人の尋問の申請をなしたのである。

(二)(1) 然るに第一審においては右証拠申請を何れも採用することなく只中村卯助本人の供述のうち

右帳簿価題が誤つているとの供述は信を措き難いのでその供述部分も採用し難い。

と認定し

(2) 又原審においても控訴人藤本の訴訟代理人が右売却物件の検証並びに価格の鑑定及び控訴人藤本本人の尋問を求めたるも之を採用することなくこれに対する判決理由として原判決理由と同一であるからここにこれを引用すると認定している。

(3) 従つて原審判決は審理不尽若しくは理由不備の違法があるものと思料する。

第四点 原審には次の点についても審理不尽又は理由不備の違法がある。

(一) 昭和三六年五月二九日付半田税務署長より上告人中村卯助に対し昭和三六年度所得税の更正通知書により一時所得と決定されたが直後同税務署より通知を受けた上告人は昭和三八年六月二八日に異議申立をし一時所得でないことが認定された。

その後被上告人に対し昭和三九年三月九日付中川税務署長より源泉所得税の本税徴収通知書が送達され昭和三九年三月一〇日付で法人税額等の取消通知書によりさきに一時所得認定の異議申立の認容は覆えされて認定賞与としての通知を受けた。

上告人等は昭和三六年当時被上告人会社の役員であつて本件認定にあたる事案の簿外預金のことも会社のために取扱ており相手方より預りおる保証金を名儀貸事業閑鎖に伴い返還したものであるところこれを上告人中村が所得しているとなしたところに課税の問題があるのである。

そこで被上告人会社としては前回の時税務署の査察を受けており簿外預金のことも明らかになつているので今次更正決定をなして認定賞与なる通知を被上告人が受けたとき若しもこの決定が確定すれば納税者たる上告人中村に負荷され被上告人は徴収義務者に過ぎず単に代払い納付する義務があることを知りながらこのことをなさないでいた。

かくして異議申立に際し

「現経営者が参加以前の問題であつて認定事項についての取引内容がわかつていなく……」(甲第七号証)

と陳べているように充分の申立事由の具申に努めていない。更に右に関する異議申立及び審査請求が棄却された場合、行政訴訟の機会が与えられているがこれをなさない。

被上告人はかかる場合自己の負担にならないので取引内容がわかないとして上告人中村に対して何等の連絡通知をもなさず納税義務者に事実関係を訊すことを看過したことは尠くとも過失の責を有する。若し行政訴訟に到れば利害関係人に告知のことも生ずるし証人尋問の必要は必然に浮ばれ本件事案に対し充分対処し得たものである。

(二) 右の事実につき被上告人は上告人中村に対し昭和三九年三月九日付認定賞与源泉所得税の本税徴収通知書を受け、これに対する不服申立期限(国税通則法第七六条第四項により一年経過後の昭和四〇年三月九日もしくは三月一〇日)の直前である。昭和四〇年三月八日付書面で始めて上告人等に右不服申立の結果及び代払いの事実を通知して来たもので、上告人等がこれを知つたのは早くともその翌日又は翌々日であつた。且つその通知書には不服申立期限に関する告知はなされていないし上告人は不服申立期限が通知受領当日頃であることは考え得ないのが当然である。かかる所為は経験則に反し前回の事情を知る徴収義務者としてその義務の履行につき信義誠実の原則に違背するものである。

よつて被上告人は債務不履行の責を有する。

(三) 右掲記の行為は不法行為なりや債務不履行なりや次いでこれに基づく損害賠償請求権の発生の有無について原審は釈明権を適当に行使する等、上告人等の主張事実の焦点を究めるべきであるところこの事について何等の思慮をもなさないで漫然焦点を看過して審理を尽さなかつたことは審理不尽乃至理由不備の違法がある。

第五点 原判決は、法の適用を誤つた違法がある。

被上告人は、本件について中川税務署長の決定を確定せしめた後である昭和四〇年三月八日付書面で異議申立審査請求の次第と納税義務者から徴収しなかつた源泉徴収の代払いの結果を通知して来たので、上告人中村は始めてこれを知つた訳であるが、前記決定の確定後一年を経過しており不服申立も行政訴訟もこれをなす機会を逸していたのである。

国税通則法第七六条第一項の課税内容を知つてから一ヶ月以内に異議申立のできるとの原審判決は果して許される場合であつたろうか。

原審は「被告等は本件の場合異議申立訴訟提起をなすべきことを得べきにこれをなさなかつたもの………」と断定していることは、異議申立などできないものをできるものと解したもので明らかに事実を認定して法に通用するに際しこれを誤つた違法がある。

本件認定賞与の通知のことが上告人等において知り得る途は被上告人の通知か所轄税務署からの通知を待つより外ない。

これに関しては被上告人からも所轄税務署からも昭和四〇年三月九日乃至一〇日以前には何等の通知がないので上告人等は国税通則法第七六条による異議申立をなす術はない。

かくして被上告人から本件通知を受けたとさは不服申立の期間を経過していて申立の機会がない。

原判決は法の適用を誤つたものと認めねばならない

以上

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